2009-01-15

表現するということの責任

幼い頃、1枚の絵をみて、約半年ほど、悪夢にうなされたことがある。
その絵は、普段、とても優しかった知り合いのおじちゃんの個展でみたのだ。

「おじちゃんはこういうのも描くんだよ」
と、彼に絵の前に連れていかれたのを覚えている。


それは、赤や、黄色のバックに、黒煙のようなものがたなびいていて、真ん中に、ぼーっとした黒い影が、こちらを凝視している絵だった。

すごく恐かった。当時は、恐い以外の何も感じなかった。
そして、それ以来、そのおじちゃんとは話ができなくなったのだ。

約20年がたって、そのおじちゃんに再会することがあった(やっと、話ができるようになり)。
そして、思いきって、その絵の意味を聞いてみた。

すると、彼は

「ああ、あれは、私自身の闇の部分を表現したんだ」

と言った。
私は、では何故、その絵を幼かった私に見せたのかと、更に聞いてみた。

すると、彼は

「あれは私の闇でもあるけれど、同時に現実の世界を表現したものだったんだよ。
 生きてゆくということは、いいことばかりではない、暗い現実もあるということを、
 知って、感じてほしかったのだ」

というようなことを言ったのだ。


私は、違うと思った。
少なくても、あの絵を 幼い私の心は受け止めることができなかったのだ。
悪夢で何度もうなされたし、今考えても、あの絵を見てプラスになったことなどなかった。

現実は、大人になるにつれて、本人が望んでいなくても、受け止めなければいけない時期はやってくる。

たしかに、善悪の区別をこどもに教えることは大切だと思う。けれど、少し表現の仕方を間違えると、それさえ、こどもの歪みにしかならない。

大人は、こどもには現実を押し付けるのではなく、夢と希望を与え、こどもが、自ら現実の壁にぶつかった時には、そこを切り抜けるHow to を導いてあげるべきだと思う。

おじさんの言った「現実」は、表現する側のエゴであると私は思った。


私が表現する立場になった今、作品をつくる上で、一番こだわっているのがそこだ。
作家のエゴになっていないかなという点。
見せる相手が確実にこどもを対象にしてる場合は特にだ。

少し悲しい絵であっても、どこかに救いを入れてあげるようにしている。
それでもどうしても波動の悪い絵は発表しないことにしている。
出版するものの場合は、帯や表紙の色、文字の色にいたるまで、目に悪い、波動の悪い色にならないか、細かく編集に参加させてもらっている。


もちろん、お金をかけてやるのだから、ビジネスとして、売れていかなければならない。 
残念ながら、いいものは売れるという絶対はないけれど、売るためにはなんでもするということでは、売れても、「伝わらない」と思う。
伝わらない表現は、何の意味も持たないと思う。

わがままであるが、全面に名前がでてしまう者の、表現者としての責任だと思っている。



今、すすんでいる出版予定の宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は、けして明るいお話ではないけれど、最後に、希望をもてるようなエッセンスを、賢治さんの意向を崩すことなく、独自に入れています。

ちょっと長くなりましたが、今、出版社の方々と共に、「いい作品」を目指して、
一丸で頑張っていますので、出版までもうしばらくお待ちくださいね♪

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どこまでも応援してます

つい、よみふけってしまいました。
なんというか、その辺の こだわりが、たまみちゃんのプロ意識であり、不器用さであり、何より優しさなんだと思います。 それが作品から滲み出してるから、みんな あなたの作品をほしくなるのだと思うよ。

もう少しだから頑張って! どこまでも応援してます。

私も

私も 昔、変な絵をみて、気持ち悪くなったことあります! その後、無意味に精神的に凹んだもんなあ。 うん、大人もこどもも、希望がほしいもんね。
たまみさんの作品、楽しみにしています。

星の様に・・・

例えば、深夜の海を漂う時でもひとつの星さえ出ていれば勇気が出ます。

たまみさんの絵がそんな星の様に子供たち、そして大人たちの心に届くといいですねぇ。

残りの山場、頑張ってください。

なんだか

わかんないけど、最後まで読んだら泣けてきた。

電車の中で鼻をすするあやしい女…

とにかく発売を首を長くして待っています。

Fine ArtsとIllustration

多分それが、Fine ArtsとIllustrationの違いなんだと思うなー。
見せたいと思う相手がいて成り立つIllustration。
これでお金を得てるのであれば尚更、観客を意識して描かないといけない。
対してFine Artsはエゴであれなんであれ自分というものを表現してもいいんだと思う。観客は見たくなければ、見ないという選択肢もあるのだから。
幼いたまちゃんをそれだけ恐怖に陥れたのであれば、それだけすごい表現者だったと言えるわけで。

私が嫌いなのは男性とか女性の性器を描いた絵。
それがエロスを感じさせる絵だったらいいんだけど
ただただ下品なものしか感じないと、
なんであえて絵で描かないといけないんだろうと思う。
ああいうのは、隠しておくからこそ神秘なのだと思うし。

たまちゃんの作品楽しみにしてるよー!がんばれe-68

そう、そう。
ただ、ただ、ワタシもそのとおりだと思います。

凄く、凄く。伝わりました。
描く絵も、描く全て、描く心。
最高の表現者ですよ。

このままでこれからもいっちゃってくださいね。
心意気、いつも買っています。

考えさせられますー。

なるほどー。
私もマロさんと同意見で、
ひとくちに「絵」と言っても、いろんな目的があって、
子供に希望を与えるたまちゃんの絵と、
人間の本質をさぐるファインアーツを同じ土壌で語るのは難しいかな・・・
と思いました。
どちらが良いという問題ではなくて、いろんな絵があって良いんじゃないかなぁ。
明るい絵でも、希望というよりは個人の感情の吐露であることもあるし、
暗い絵でも、たとえば「ひろしまのピカ」とかは子供心に感動したもんです。
でも確かに子供に見せる絵は注意した方が良いのですね、と思いました。
それと、絵は見る人の鏡になるので、おじさんの絵も今見たら違う味があるかもしれないよ。
きちんと考えをもって書いているたまちゃんのプロ意識は尊敬です。
宮沢賢治の本、楽しみにしているよ~◎

想像と創造

そうですね。芸術を生み出す人は作為工夫を凝らすと言うより「芸術は爆発だ!」の名言通り作り手の魂の叫びでもあると思います。でも誰かに見せる事が目的であれば受け手の気持ちを想像する力も求められますよね。人を不快にさせる、落ち込ませるものを発信するにはそれなりの強い理由があれば別ですが受け手の心情を思いやる気持ちが欠けていますよね。たまみさんの作品の優しさは決して作為的な物ではない本物の優しさなので大好きです。頑張ってください。本楽しみです。

ゆうさん

うん、多分私とても不器用。仕事として、うまくコントロールする事が今後の課題なんだけどね…。頑張りますね♪

ひよこさん

ありがとうございます。絵からだけでなく、生きてゆくのに、いろんなものから希望はほしいですよね。

嵐黒@野良猫さん

いつも助けてもらってます。優しいコメントありがとう。頑張ります。

パインさん

な、泣いてしまいましたか…。いつも本当にありがとうございます。頑張りますね。

まろさん

ありがとう。そうか、ファインアートって、そういうことをいうのか…。しらなかった。いつも勉強になります。うん、たしかに、そういう意味では、あの絵はそんだけすごい絵だったのかも…。歌や、絵は特に趣味嗜好の世界だから、いろいろ意見もあるだろうけど、あきらかにわかんないやつはあるね。私も性器の絵ってわかんない…。いつもありがとうね♪

東京のみなちゃん

いつもありがとうです。今年も宜しくお願いしますね。心意気だけでも伝われば嬉しいです。批評、批判を人に与えることは簡単でも、感動を人に与えることは難しいものね。頑張ります。

あんなほさん

さすが、アーティストの先輩です。ここではじめて、Fine arts の意味を知りました。色んな絵あっていいけど、こどもがあきらかにいる場所での発進はやはり気をつけたいなあと私は思う。これからもまた、いろいろ教えてください♪

橘さん

なるほど。想像と、創造ね。芸術という言葉をだせば、何でもしていいんだという風にだけはなりたくないですね。私の場合は、とても不器用なので、作為的に何かするのは無理で…。いつもありがとうです。ライブも今年こそは是非!
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