2007-08-02

好きな詩 なぜ?

なぜ?

べんきょうは 
なぜしなくてはいけなくて
ひろった犬は
なぜ すてなくては いけないのかなあ

あの日 犬とわたしは 目があった
目があえば カナブンでも毛虫でも 見すててはいけない
あれは 生き物の合図だから
だいて帰るあいだだけ 犬もわたしも わらった

「せめて食べさせてから すてましょう」
と おとながいった
いけない それは断じてやさしさではない
愛ではない

おなかをパンパンにふくらませて
しっぽをふっていた子犬よ!

その夜わたしは 世界じゅうと 他人になった

歯は
なぜ みがかなくてはいけなくて
ひろった犬は
なぜ すてなくてはいけないのかなあ





これは、わたしの大好きな詩人の 工藤直子さんの 
ちいさい詩集 「あいたくて」(大日本図書株式会社 出版)
の中に入っている 詩である。
ずーっと前にこの本をかったのだが、そのときから何度よんでも考えてしまう詩だった。

昔、私もこんな経験がたーーくさんある。うちが動物好きな家族だというのが どうも世間に知れ渡っていたようで、頻繁にうちのまえには
わんこ や にゃんこがすてられていた。うちはなんとか里親を探して
あげていたが、すてられてるのをみるたびに、 ごみ ではないのに…
とこどもながらに思っていた。

引越しで荷物に埋もれていた本を、本日発見!
みなさんはどう思う?

ちなみに、この詩の挿絵は、私の目指すところの
「100万回生きたねこ」(講談社)の作者の 佐野洋子さんでした。

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なぜ

うーん、なぜなんだろうねえ。歯をみがくのと同じように 犬は飼えないからすてるしかない。なんかここから違うよな。工藤さんの感覚はたまちゃんに似てるね。

ゆうさん

そうなんだよね。すごく情景が浮かぶから、余計に考えてしまう詩なんです。
工藤さん、お会いしたいです。
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